平成15年度松尾神社氏子総代の記録

私の住む地区にある左、写真・松尾神社の平成15年度氏子総代に
推挙されてしまいました。
総代は神社の祭礼一切を取り仕切るのが仕事です。
この掲示板を通して、皆様に総代の活動をお伝えします。
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オーナー Wednesday, 12/16 11:12

  =松尾神社=  地図

   富士吉田市・松尾神社氏子総代を終えて  平成16年1月6日

 松尾神社は、およそ480年前から松山地区の村氏神として祭られ、ゴンゲンサマ
ウジガミサマと呼ばれ地区の人々の心の拠り所として愛されております。祭神は大山
昨命 (オオヤマクイノミコト)で国家安泰、衣食住、酒造り、山の神、水の神、
縁結びの神、安産の神、そして疱瘡の神とも古来から伝わっています。4月に催行される
例大祭で、神輿を礼装して静かに担ぐスタイルは、もっとも特徴的で昔々の祭り時、
神輿が暴れた時松山地区に流行病が発生したそうです。それ以降、松尾神社の神輿は
「そーっとよー!そーっとよー!」(ゆっくりとの意味)と担がれ、受け継がれ
今に至っています。

 境内には八幡社、金毘羅社山神社、大神社、天王社、天神社、秋葉社、祖霊社の各祠と
手水舎、神楽舞台、宝蔵倉、公民館があり、地区の中に穂見神社、白王社、道祖神が2つ
薬師堂があります。
 私達、松尾神社氏子総代の構成は、第一自治会から第六自治会の中で、各1名
選ばれ、総代長は第一自治会の堀内さん、第二 遠山 第三 宮下さん 第四 渡辺さん
第五 平山さん 第六 鶴田さん 以上6名の構成で一年間14の祭りを運営しまし た。

 行事は暮れの神社大掃除から始りました。
1年間の汚れが着いた大鈴を磨く方、力を合わせワラをより、注連縄を一生懸命
ワラから創る先輩方は素晴らしい巧みの技で、その卓越した技量に頭が下がり
ました。総代は作業が滞る事が無い様に段取るのが仕事です。山へ行き形の良い
松の枝を取り、神社の各祠に飾りました。午後4時には、新しく結いなおした賽銭箱の
上にある大鈴を鳴らす紐を取り付け終了しましたが、神社に注連縄として奉納する為に
わざわざ田んぼの端にワラを作って下さる方、 また、祭りの際に使う放送設備の配線
案内書きを作って下さる方がいらっしゃる事を知りませんでした。
 皆さん、ゴンゲンサマ、松山を愛する方々です。

 祭りは、何より地域の人達の協力無くしては出来ない、いかに祭りの輪に人々を
巻き込み盛り上げて行く事が出来るかが重要なポイントです。氏子総代の力だけでは
到底催行出来ないのが祭りです。老若男女が一同に会し事を成すのが祭りですが
コミニテイが希薄になりつつある現在、松山地区には良い意味での村があり祭りが
あります。祭りは世代を超えて気持ちが一つになれる祖先からの贈り物、この火を
絶やさず後世に継承したいものです。

最後の仕事に12月1、2日と町内に穂見神社のお札を配布して歩き、1年間に
亘る総代の責務を終了しましたが、町内の事、神社の事を大変勉強させて頂いた。
その立場にならなければ絶対に知りえない事がある、それを体験出来た事に
感謝し、これからも協力して行きたい。すべて行事が簡素化の流れの中で薄れ行く
コミニテイー。時代の流れだからと云って地域まで希薄な関係になって行って良い
物だろうか。人生の先輩に尊敬と感謝を忘れず敬意を表する事は素晴らしい
事です。そんなシステムが松山地区にはまだ残っているし、良き伝統で、住民は
誇りとしなければいけないし、松尾神社には、そんな住民を集約する力があります。
 我が松山には心の拠り所、松尾神社・権現様があります、ありがたい事です。
  
  堀内総代長、宮下、渡辺、平山、鶴田総代、そして各奥様
   共に1年間応援、ご協力頂きました地区の皆さんに感謝して 

      氏子総代 遠山喜一郎 


    参道               鳥居                 松尾神社案内板 

     
     案内板                本殿               宝蔵倉     


     公民館                手水舎                神楽堂   


     天神社 秋葉社            御百度石               金毘羅社  


    八幡社               山神社           天王社・大神社      

 祖霊社

  以下は町内祭り処

   薬師堂              久保道祖神 


      左数道祖神           白王社      穂見神社



オーナー Tuesday, 1/6 21:42

 =11月30日= 穂見神社例祭  写真 1   写真 2    最終回
  
 午前9時神社に集合し祭典準備を行いました。
このお祭りは夜祭りで、1日の午前0時に式典を挙行するのが慣例ですが 
夜中に町内の各種団体役員50名程が集まり、降りしきる雨の中で、式典をする様は
一種異様な光景です。

 五穀豊穣と商売商売繁盛を祈願しますが、大きな特徴は参拝者が神社から資本金を
借り、これを元手に商売繁盛を祈念しようとするものです。参拝者が二千円の祈祷料を
納めると、神社から返礼に、熨斗袋に入った千円札が渡され、これを預かった参拝者は
財布の中に入れてお守りにしたり、また事業資金の一部に加えて使用すると商売繁盛の
ご利益にあやかれるとされています。しかしながら今年は長引く不況のせいか、約2割の
方が訪れませんでした。不況は祭りにもその影を映します。しかしながら、訪れる人は
お参りを兼ねてのお馴染みさんが多く、毎年心待ちにしている祭りです。

 式典の後、公民館に集い直会(なおらい)をしました。
ご神酒を紙コップに注ぎ、総代長挨拶、自治会長挨拶、そして禰宜さんの音頭で
深夜の宴の始まりですが、式典の後、殆どの方が帰ってしまい参加者は20名程。
 午前1時中締め。総代夫人方が集まり作ったケンチン汁、おにぎり、おつまみが残り
深夜の直会に疑問を感じざるを得なかった。穂見神社にてワンカップのお酒など振る舞い
簡略化させて頂いた方がベストだと思う。簡略化出来るものはして、今の時代に迎合ではなく
合わせる努力をしないと祭りは退化する。祭りは人の集まり、沢山の人々が集ってこそ祭り
町内の人々を巻き込み、集い易くする方策を考えていかねばならない。

オーナー Monday, 11/24 23:21

 =11月24日= 新嘗祭(にいなめさい)

「新嘗祭」は「しんじょうさい」ともいい、「新」は新穀を「嘗」はご馳走を意味します。
毎年十一月二十三日に全国の神社で行われ、新穀を得たことを神さまに感謝する新嘗祭は
五穀の豊穣を祈願した二月十七日の祈年祭と相対する関係にあるお祭りで、この日
宮中では天皇が感謝をこめて新穀を神々に奉ると上もに、御自らも召し上がります。
新嘗祭の起源は古く、『古事記』にも天照大御神が新嘗祭を行ったことが記されて
います。 現在では「動労感謝の日」として、国民の祝日となっていますが、一説に
よるとその祝目名は、命の糧を神さまからいただくための勤労を尊び、感謝をしあう
ことに由来しているといわれています。

                   神社オンラインネットワーク連盟HPから


 午前10時に集合し、庭を掃き清め
祭幕を張り神社を飾りました。
 主な行事としましては、過日、氏子に配った袋に
米または献金を入れて奉納し、代わりにお札を差し上げました。
長老の話によりますと、昔は拝殿にうず高く献上品(農作物)が
積まれたが、最近は寂しいものだと嘆いておりました。
 直会(なおらい)では、ご神酒を振舞い、神様と共に
食事を頂くと云う意味で、うどんを食して頂きました。
 本年度行事も残す所あと1つになり、多少寂しく
思いつつ雨の境内を後にしました。
 
 


オーナー Sunday, 11/16 23:19

  =11月15日= 七五三祈願祭

1・準備の出来上った本殿   2・大々神楽講の奉納舞   3・境内に集まった人々 (携帯写真) 

 七五三は、子供の無事な発育を喜び、なおいっそうの成長を願って、男の子は、3歳と5歳、女の子は
3歳と7歳、(いすれも数え年)が親と共に、氏神様(地元の神社)に参拝する行事です。古くは男女3才で
髪置(かみおき)の祝い、男子は五歳で袴着(はかまぎ)の祝い、女子は7歳で帯解(おびとき)の祝いを
行っています。
 さて、「三つ子の魂百まで」という諺があります。この年齢は人格が形成される肉体的にも精神的にも大変
重要な時であります。中世以来、日本では赤ん坊は男女とも、たいてい頭を青く剃り、3歳になって初めて髪を
伸ばす風習がありました。もう赤ん坊ではないという意味で、これを髪置きと呼び、白髪をかぶせ頂に白粉(おしろい)を
つけ、クシで左右にすいてお祝いをしました。
 江戸時代になると、5歳になった男の子は、初めて袴をはき、袴着の祝いをしました。
7歳になった女の子は、これまでの紐付きの着物から、着物に帯をしめ、帯解の祝いをした。こうした祝いを重ね
子供は人として社会に認められるのです。(帯直、紐解ともいう)

 11月15日にお祝いを行うようになったのは、この日が二十八宿の鬼宿日(きしゅくにち)で、祝い事に
最良の日であり、11月は秋の実りを神に感謝する月、旧暦の15日は霜月の十五夜で望月で、収穫感謝の祭りを
行う大切な日であり、氏神様に収穫の感謝かたがた、子供の成長を感謝し、更なる御加護を祈ったのです。
家族揃って毎日神棚をお参りすることで、子供たちも自然に「感謝のこころ」を感じとってゆくのではないでしょうか。
それは、家族を大切にする心や、人や物に感謝する心を育てることにもつながります。

   明治天皇様の詠まれた御製の中に
 「たらちねのにはの教えはせばけれど 広き世に立つもといとぞなる」
家庭の両親の教えは狭いようでありますが、やがて広い社会に立ったときの生活の指針となるので、家庭の
教育に深く心をつくしなさいといった内容であります。昔から家庭環境、躾教育に力を尽くしていた様子が
伺えます。「子は親の鏡」と申しますが、子は親の背中を見て育つと言われます。「いまどきの子供は」と
言う言葉をよく耳にしますが、その前に、親、大人の自分たちの姿勢を振り返る必要があると思います。
 古くから伝わる子供たちに関わる人生儀礼を改めて再確認し、「心の親」として地域の子供たちを見守って
あげたいものです。    三皇熊野神社HPから

 追伸、賽銭箱を本殿の外に出し、1週間が経過しましたが、今だに賽銭箱の鍵は
壊されておりません。いつまで続く事でしょう! 松尾様のご加護を・・・。 


オーナー Wednesday, 11/12 00:02

 =11月8日= 賽銭箱固定工事 

 松尾神社の賽銭箱は、何時の頃からか神社の中にあります。
近頃の不景気のせいでしょうか?賽銭泥棒が出没する様になり、侵入する為に
なんと、鍵の掛かった神社南側アルミの引き戸を、無理やりまくられ、5円、10円
50円を残し、約2ヶ月分の賽銭を盗られていた。

 侵入し、火の不始末で火事でも起こされては一大事と、数日後総代6名が
工具を手に集合し、引き戸をビスで固定する工事を行いました。ところが、5日
七五三の準備の為に集い、落ち葉を清掃していたら「やられてる〜!」の声が
上がった。見ると、ガッチリと固定したはずの戸が外され、立て掛けてあった。
勿論、賽銭も同じであり、北側の引き戸も、賊が戸と格闘した形跡が残っていた。

 神社の隣にある公民館で打ち合わせをすべく上がると、カーテンの引かれた
窓の下に砂が落ちていた。カーテンを開けると、鍵の下部ガラスが割れており
鍵が空いていた。本殿もやられ、公民館もやられたのでは堪らないと、警察を
呼んで指紋を取り、調書を録った。  
 皆で対策を協議の結果、賽銭箱を外に出す事にした。8日に集まり、賽銭箱を
固定する工事と、引き戸の固定工事を行った。賽銭箱の無い本殿には金目の
物はないし、無ければ鍵を壊して入る事も無いだろうと考えた結果である。
 但し、賽銭箱の回収は毎日しなければならなくなり、近所に住む総代長の仕事が
増える事になった。
 
 それにしても、神をも恐れぬ仕業に、祟りあれ〜〜!バチ当たり物が〜〜!


オーナー Wednesday, 9/24 13:08



  =9月23日= 祖霊社秋季例祭

 午後3時から松尾神社境内北にある、祖霊社秋季例祭
祖先を供養する祭りで、命を受け継ぎ、また加護を受けて
いるのを感謝する祭りを行いました。
 9月としては底冷えのする寒い日でした。

 



オーナー Tuesday, 9/9 21:59

    
 地区神社”松尾神社”の神楽殿で、舞を奉納する大々神楽講の方々

 =9月9日= 末社例祭

 本日は、松尾神社境内にある末社、金毘羅神社、天神社、秋葉神社、八幡社、大神社
天王社、百度石例祭が執り行われました。気温29℃、9月の気温としては暑過ぎ
ハンカチで汗をぬぐいながら粗同じ事を、4回も行う儀式にバテテしまいました。
 夕暮れの境内に鳴り響く、太鼓と笛の音は、見慣れた境内に荘厳な雰囲気を醸し出し
いつもと同じ神楽講のメンバーが輝いて見えた。

オーナー Sunday, 8/17 19:33

                    
 =8月17日= 神社林下刈り作業

 神社の保有林は松山地区南の外れで、昭和医大の近くにある。

 10時に集合し、神社と保有林作業は2時間程で終わったが
お盆のこの時期に長袖、合羽を着て、丁度良い気温などと云うのは
今まで経験が無い。玉の汗が流れる様な、ギラギラ輝く、暑い
夏の太陽が恋しい!








(携帯写真)





オーナー Monday, 8/11 00:55

  =8月10日= 境内清掃  

 今朝、7時から神社の清掃に出掛けた。
風で落ちた枝、伸びた草などを掃除し、隣地まで延びた桜の枝を切り落とし、神社の
裏に捨て一段落、一休みしていた時の事だ。
 捨てた桜の枝に近づく茶色い影が・・「カサ!カサ!」10メートル程離れていたが
聞こえた。「サルだ!」サルが桜の小枝を銜え、噛み切り、南に走りサル。
携帯写真で撮影しようと追いかけ、撮影したが、クローズUP撮影が出来ない為、写真には
ならなかった。
 飼われていたのが逃げてきたのか、自然のサルなのか判らないが、兎に角不自然である事には
変わりない。生き抜く為に悪さをし、悪者になる事は間違いない。
 サルの為にも、出来るものなら山に静かに帰ってもらいたいものである。


オーナー Tuesday, 7/1 23:34

=6月30日= 夏越大祓式

 午後8時 夜の境内で神事が催行されました。
宮司の大祓詞の後、人形を配り、その人形にケガレを移し、あと半年の無病息災を
祈念しました。夜の境内に宮司の謡う和歌「水無月のなごしの祓する人は千年の
命延ぶといふなり〜♪」が響き渡り、荘厳な雰囲気を醸し出した。
 左足からまたぎ、茅輪を左、右、左と3回、回りました。
式が終わり、傍にある公民館で直会(なおらい)をして散会しました。

 神社の行事も一段落、次は8月上旬に行う神社所有地下草刈りまでお休みです。 

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