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あれれ・・・
2012/04/21

4/20 午前9時、電話が鳴った。
    「もしもし、つくし庵ですが、遠山さんをお連れしてよろしいでしょうか?」
    先週、20日金曜日のデイサービスはキャンセルの連絡をして置いたのだが、その
    連絡が係りに伝わっていなかったのだ。父は、どうやら車に乗り込んでいるらしい。

     また、降りて貰うのも何だ・・・着替えをつくし庵に届ける事にして、そのまま
    デイサービスを受ける事にした。
     昨日、ショートステイから帰って来て、今朝デイサービスへ行くのは父に負担が
    掛かると考えての事だったが、嫌がらずに出掛ける所をみると、これもありかな・・。

     まだ、オムツの交換をしていない、父が拒否しているのだ。目の輝き、会話や
    日常の中での生活が1年前のレベルまで戻った気がする。有難い!  
   
     

無事帰宅
2012/04/21

4/19 4時30分、父が帰宅するので実家に行った。
    コンビニで夕飯とデザートを買い、部屋に掃除機を掛けながら父の帰りを待った。 
     5時、富士山荘の車が庭に入って来て父が降りる。車は挨拶して帰るが、父は
    その車を手を振って見送る。

     家内の話では「外づらが良いのは親子で一緒・・・」なのだそうだが、名残惜し
    そうに笑顔で見送り、こちらを向くと、その顔はいつもの顔に戻った。  

     3泊4日の外泊は、刺激になって良いかもしれない。何もなくても1ケ月に一回は
    利用価値がありそうだ。 
     

富士山荘
2012/04/17

 4/16 月曜日 9時20分、富士山荘(介護施設)から迎えが来るので、家内と実家へ向かった。
        到着すると、既にお迎えの車が来ていた。家内が上手に車に乗せて送り出した。
        3泊4日でショートステイに出掛けたのだ。 
           
         パインツリー従業員と一緒に家内と次男の一行8名が韓国研修旅行へ
        出掛ける為、父の面倒が見れないので富士山荘にお願いした訳である。 
        
         居間のコタツに備えている座椅子の座布団が濡れていた。ここのところ
        調子良くて、オムツの交換をさせてくれなかったが、久し振りの失禁だ。

         毎日、実家に泊まりに行き、朝パインツリーに出勤し、夕方夕飯を届ける。
        夕方の慌しい時間帯に、時間を拘束されない自由は有難い、富士山荘に感謝だ。
             
   

介護日誌
2012/04/13

       介 護 日 誌!

 父、遠山喜久次は大正10年5月15日生まれの満91歳で旧福地村松山で生まれた。威厳に満ち溢れ
怖い存在だったオヤジが6年前から多少認知が認められ、1人にしておけず、夜はパインツリーから実家
である松山の生家に帰り見守ると云う日々が今も続いている。朝食は、近くに住んでいる妹が一年を通し
毎朝6時に届けてくれ助かっている。昼食は、やまと弁当が届け、夕飯はウチで届けている。有難いのは
父がゆっくりでも歩け、トイレも一人で出来るから、24時間張り付いていなくても良い事だ。
 後々、想い出として振り返る事が出来るよう記録して置くことにした。 

2012/04/13 金曜日
 火・金曜日は父の登園日、今日は介護施設”つくし庵”へデイサービスに行く日だ。
 家内と共に父を送り出す為に、車で5〜6分の距離にある実家に向かう。実家の庭に車を滑り込ませると
 1分もしない内にお迎えの車が入って来た。係りの人に「おはようございます!」と声を掛けると
 大きい声で「おはようございます!」と返してくれた。
  家内に送り出され、玄関の引き戸から父が杖を突いて出て来る。右手で杖を突きながら係りの人を見て
 左手を挙げ満面の良い笑いをしている。目線をコチラに移し、突然!何だ息子か・・・てな顔付きに
 変化した。この顔付きは昔から息子を見る視線で、認知症の改善が多少みられるのかもしれないと思った。
  
 

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